10月
魔女に弟子入りした日
人々は知らない。
霧に包まれた谷の奥深くに、ある魔女が暮らしていることを。
その魔女は、とても美しい魔法を使えることを。
そして、その魔法に魅せられた少女がひとり、魔女の家を尋ねたことを。
「おやおや、珍しいお客さんだね」
「お願いします!私を弟子にしてください!あなたが使った魔法を私も使いたいんです!」
私が初めて魔法を見たのは、毎日続けている花壇のお世話をしていたとき。
まっさらだった土がみるみるうちにお花で埋め尽くされるあの瞬間は、
私がずっと夢に見た光景だった。
まるで、止まっていた時間がようやく動き出したみたいな……
そんな少女の思いを横目に、魔女はため息混じりに答えた。
「あんた、あの町は植物が育たないことを知ってるだろう。つい見てられなくなって魔法をつかっちまったけどさ」
「でも、でも……。前にお花畑の絵を描いたとき、町のみんながすごく嬉しそうに笑ってくれて……。
誰かが笑ってくれるってこんなに嬉しいんだって、そう思ったんです!
だから町にお花が咲けば、もっとみんなが喜んでくれる!もしそれが魔法でできるなら……!」
少女は堰を切ったようにありったけの思いを伝える。
「あんたの気持ちはよくわかった。……だけどね、魔法というのは簡単じゃない。
―習得するには、あんたが大人になるくらいの長い年月を費やすことになる」
「……私、諦めだけは悪いんです!何年かかっても、きっと使えるようになってみせます!だからどうか―」
少女が涙を浮かべたその時、突然少女の視界に不思議な生き物が飛び込んだ。
「キュイ?キュウキュウ!」
「わぁ!?何!?」
腰が抜けてしまった少女を見て、魔女は目を丸くした。
「こりゃ驚いた……!それが見えるのかい?」
ふわふわと少女の周りに浮く小さな生き物。揺れるたび、ふんわりと優しい葉っぱの匂いがした。
「それは植物や花に宿る精霊だよ。……あんたの想いに反応して出てきたようだ」
「想いに……?」
「つまりあんたの想いは、花や植物にはちゃんと伝わってたってことさ!
何年も咲かない花の世話をしたのもムダじゃなかったんだ。……魔女の素質ってモンがそこで備わったんだからね!」
「本当ですか!?」
メガネをクイッと持ち上げる魔女、その表情はどこか嬉しそうだった。
「いいだろう!あんたを弟子にしてやる!ただ、私は厳しいよ!」
そう言って笑った魔女からは、たくさんのお花の匂いがした。
人々は知らない。
この町に、魔女の弟子がいることを。
そうして少し先の未来、この町に花が咲き誇ることを。
いつの日か、いっぱいいっぱい喜んで欲しいから。
今はまだ、だれも知らないの。