9月
君に初めて声をかけた日
賑やかな音楽と人々の笑い声、そして食欲をかきたてるハンバーガーの香り。
そんな店内の様子とは裏腹に、俺の耳にはドックン、ドックンと心音だけが響いている。
「お待たせしました、バーベキューバーガーです!」
「あ、あぁ……」
そんな状況を知ってか知らずか、君は眩しいほどの笑顔で俺の前にハンバーガーを置いた。
オレをこんな状況に陥らせている元凶の彼女は、
くるんと柔らかくうねる金髪を揺らして、ローラースケートでさっそうと店内を走っていく。
その天使のような笑顔を初めて見たときから、オレの頭の中は彼女でいっぱいだ。
「声かけろよ、オレのバカ……」
今日こそ彼女の連絡先を聞く。そう思い続けているうちに、オレはすっかりこの店の常連になっちまった。
意気地がない自分にほとほと嫌気がさす。
「はぁ……」
ため息とともに店内を見回すと、店員も客も鼻の下を伸ばして彼女に見惚れていた。
「……見過ぎだっつーの。」
すると…
「今日もバッチリ決まってんな?」
突然後ろから茶化すように声をかけられ、オレは顔を真っ赤にして後ろを睨む。
「う、うるさいな……!」
ニヤニヤしながら楽しそうに話すコイツらは、オレがここに来るたびわざわざ隣に座って冷やかしてくる。
「せっかくイカした上着きてんのになぁ」
「セットした髪がもったいないぞ〜」
なんとでもいいやがれ。
やかましい外野の声なんか気にならないくらい、今日のオレは本気なんだ。
「2名さまですね!こちらへどうぞ!」
他の客に向けられている彼女の笑顔に嫉妬しながらも、オレは心に誓う。
今日こそ、絶対に話しかけるんだ。好きな食べ物に好きな映画、好きな音楽……。
オレはまだ、彼女のことを何も知らない。大丈夫。連絡先を聞くだけ、ただそれだけだ。
「ふー…」
ワックスで固めた髪をなでつけて、バクバクと鳴る心臓をなだめる。
今日こそ、今日こそ、今日こそ―
『いつも可愛いね!』 『この後空いてる?』何度も考えたセリフが、頭の中をぐるぐる駆けめぐる。
「熱烈なラブコールも、声に出さなきゃ届かねーぜ!」
「う、わっ!」
突然後ろから背中を押されたオレは、思わずバンっと机に手をつき、勢いよく立ち上がってしまった。
「…ね、…っねぇ!」
「ん?」
彼女のきれいな瞳のなかに、顔を真っ赤にしたオレが映っている。
カッコつけてるヒマなんて、もうない…っ!
オレは口から飛び出そうな心臓を喉元にとどめながら、彼女に声をかけた。
「今日、君を送って帰りたいんだけど……何時に終わる?」
すると彼女はオレと同じ真っ赤な顔になり、大きな瞳を細めながら小さく頷いた。
恥ずかしそうにはにかんだ彼女は、どんな映画のヒロインよりもキュートだった。